あこたまDiary✐

夜勤暮らし日記

大切な人を失わない為に必要なモノとは。

 

 

今夜は、少し重めのテーマになります。

 

コロナ禍辺りから、自死を選んだとみられる有名人のNEWSが流れることが多く、

その度に突然の訃報に世間は驚きを隠せないでいます。

 

結局のところ、第三者が知ることのできる原因は、一部の角度から見た物事でしかなく

 

「誹謗中傷により、自死してしまった」という説はあるものの、本当は他に理由があるのかもしれません。

 

10年以上心理学や精神論をひたすら網羅してきた私から言わせてもらうと

自死を実行してしまう原因は、色んな出来事の複合なので、

コレだ!!とは決めつけることは当然できませんし

 

大切な人に二度と会えない、楽しい事も叶えたいことも、全てを終わりにしてしまうほどの苦しみは、当事者のみぞ知ると事となります。

 

只、〇〇ではないか、〇〇は違うだろう

とあまり追求する気にはなりません。

 

そりゃその人を好きであればあるほど

大切なほどに

 

「真実を知りたい。」と思うのが自然だけれど

余計な推測は、残された家族を傷つける事にもなるので

 

この世に残された人間としてフォーカスすべきなのは

どうやって大切な人を守るのかという事だと思います。

 

もっと砕いて言うと、大切な人を失わない為に必要な事は何かという事を考える事だと思います。

 

私は、このテーマでタイトルにしたものの

実はまだ答えはだせないでいます。

 

有名人が自死を選んでしまった時に、周りの有人の発信に目を通していると

このような事をよく目にします。

 

「あの時、私が〇〇していれば」

「自分が〇〇すれば救えた」

 

 

 

 

違うと思います。

 

どんな大きな愛情があっても、まめな心のケアで繋いでいても、

その人の脳に起きているエラー状態に効く特効薬は...

 

 

 

私はないと思ってます。

 

精神疾患や自律神経の乱れに複合的なマイナス要素が絡むと

脳のエラー状態になり、それは誰もに起こりえるし、善し悪しの判断もできなくなってしまいます。

 

だから、

たとえ過去に戻ってそれをやってみたところで、一度芽生えた本人の希死念慮というのはそう簡単には消えずまたやってきます。

 

しかも、そのタイミングに偶然、奇跡的に巡り合わなければ救えることはありません。

 

突発的なアイディア×行動力×奇跡のタイミング

 

希死念慮が沸き起こる度にこれを偶然巡り合わせることなんてなかなかできないし、

それが自死を食い止める手立て(相手が求めていることにあてはまる)とは限らないので。

 

だから本当に、

あぁしてたら、こうしてたら

という自責行為は、冷たいけれど

不毛な作業で、脳にダメージを食らうだけなのでやめたほうがいいと個人的に思います。

 

自分の大切なひとを絶対に失わないようにする行動というのは存在しない。

 

急に会いにいっても、言葉をかけても

大体またもどってしまう、これが現実かと。

 

でも、常日頃の相手への寄り添い方を考えておくことで心の穏やかさを取り戻す可能性はあるとおもいます。

 

それをダメ元だろうと、自分なりに考えて日常的に実行する、

それに尽きるんじゃないかと

 

 

それは

リスペクトや愛情の言語化であったり、相手を肯定する言動だったり、

先延ばしにせずに会いに行く事だったり

 

色んな愛の伝え方があります。

 

たとえそれが相手に届かず、手をすり抜けてしまうような悲しい結果になったとしても

 

ひたすら行動して想いを伝え続ける

 

それしかないんだと思います。

 

あとは、本人の心の問題で、誰にもどうしようもできないところがあるので

解決は決してシンプルではありません。

 

 

 

そして...

 

TwitterなどのSNSは、人との繋がりを感じたり、生きるモチベーションがあがったりするので、いまや人々の生活の一部になっています。 

 

けれども同時に

時代が生んだ便利なツールが

言葉の凶器として使われない世の中になってほしい。

 

何度も同じことが起きているのをみると、SNSが存在する限り、無くなることはないだろうと思うのですが

 

ネットで弱い立場にいる誰かを攻撃するような文化に

終止符が打たれる日が来ることを、切に願います。